ことのはログ

繊細さをたいせつに、心地よく暮らそう

「やりたい」をたいせつにする【武田友紀さんのことば】

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「向いてるかどうか」よりも「やりたい」の方がたいせつ。

先日、武田友紀さんにお会いしたときに言われたこのことばを、ずっと心の中で反芻しています。

 

今、ものすごく、揺れているのです。

「やっぱり空間をつくる仕事に携わって生きてゆきたい」という強い感情が湧いてくる一方で、「私の体力や繊細さでは、それが難しいのではないか」という不安や恐れがそれにブレーキを掛ける。

とても信頼しているひとに、「どうしても負荷が大きく掛かる仕事だから、それに耐えられない君には向いていないのだと思うし、もっと別の道を探したほうがいい」と言われてしまって。

現に、抱えきれなくなって潰れてしまっているのだから、それはもっともな意見だと思う。だけど、やっぱり明確に「無理だ」と断定されるのは哀しいし悔しいのだなぁ。

 

誰かの想いがそこにあって。それを汲み取り、咀嚼し、かたちにする。

曖昧に横たわるイメージと深く対峙し、細部にまで意識を向けた分だけ、出来上がる空間は豊かなものになる。

それは私という感覚器官を通してしか感じ得ないものなので、究極的には自己満足に過ぎないのかもしれないけれど、それでもやっぱり、「いい空間になった」と感じる仕事が出来たときって、一緒につくり上げてきた皆もいい顔をしているなって思う。

そんなとき、「あぁ、生きててよかったなぁ」「私が私で在ってよかったなぁ」と思える。

 

やっていることは「空間デザイン」みたいなことばで表されるものなのだけど、そういう即物的な側面では捉えきれない、「場に流れる空気」みたいなものを生み出す仕事だと思っていて。

そんな仕事を、私は「やりたい」のです。すごく抽象的なのだけれど。。

 

そんな「やりたい」という熱を感じつつも、どう体現して良いのかがわからず二の足を踏んでいるのが今の状況で、それが、この揺らいでいる心の正体なのだろうなぁ。

私の持てるリソースで無理なく実現可能な「量」と「質」と「スピード」のバランス。そこを上手く捉え、適えられる場に身を置きたい。その「場」はどこかに存在しているものなのか、あるいは自分で作るしかないのか。

 

いやぁ、五里霧中です。笑

今できることから、じわじわと進めてゆくしかないね。

 

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